不動産会社が新規事業を立ち上げる。
新しい分野で事業を立ち上げた東京の不動産会社、アド.プランニング株式会社の丸山社長に話を聞きました。
どんな不動産業をしているのですか?
完全紹介制の賃貸仲介の不動産会社を経営していました。通常は駅前に店舗を構えて飛び込み客を待ったり、ポータルサイトに物件を掲載するなどして集客をするという不動産会社が多いかと思いますが、弊社ではそれらの方法を使いませんでした。
理由は、
・自分たちの力で人の為になるならば、距離の近い人がいいと思った
・1人のお客様になるべく丁寧に時間をかけたかった
と考えていたからです。
結果として紹介いただいたお客様は他決もなく、2年経ったらまたお部屋探しのご依頼をいただいたり、何人もご紹介をいただいたりと、成約率の高い無理、無駄、ムラのない営業スタイルに落ち着きました。
順調そうですが、なぜ新規事業をやろうと思ったのですか?
はい。ご紹介で売上が上がるとはいえ、賃貸仲介は月初に数字はリセット。
毎月ゼロから売上を積み重ねていく仕事なので経営が安定しにくいなと感じていました。
そこでまずは不動産管理を行い、毎月の家賃からお金をいただけるストック型のモデルを同時並行で行っていこうと決めました。
そしてアクションを起こしてみたものの、チラシを巻こうが飛び込みをしようが、なかなか反応がありません。ご高齢の方が多い大家さんが今まで頼んでる管理会社から弊社に切り替えてもらうというのは難易度が高く、思ったよりもうまくいきませんでした。
そこで、他に管理物件を獲得する方法はないのか、と考えた結果、
最終的に管理物件も獲得できそうなアイデアを思いついたため、それを事業化しました。
どのような新規事業を始められたのですか?
結論から言うと、「清掃業」です。
しかし通常の清掃業とは異なり、とある「専門的な業界」での清掃に参入しました。
不動産利益創出研究会だけにその「専門的な業界」を教えてください。
ぐいぐい来ますね(笑)はい、では編集長に免じてお伝えします。
それは「民泊業界」です。
民泊とは戸建てやマンション等の住宅の全部又は一部を活用して、旅行者や出張するビジネスマンに宿泊サービスを提供すること。
私は不動産会社の新規事業としてこの民泊の清掃業を始めたのです。
なぜその新規事業にしたのでしょうか?
当時の民泊事業は、AirBnBのサービスが急速に拡大し、その多くが住宅を宿泊施設として貸し出すスタイルでした。そこには、一般の大家さん、サブリースで大家さんから借り上げている事業者さん等、多くの貸し手が参入していました。
私はこの民泊を運営している事業者の方に対して宿泊客のチェックアウト後の清掃を提供しました。
清掃業を通してまず取引を行い、そこから管理を頼みたいというニーズを拾い上げて管理物件を獲得。不動産管理業を拡大をしていこうと考えたのです。
新規事業を始めた時の具体的なアクションは?
始める前と後にそれぞれ行動を起こしました。
- やると決める前
最初に行なったことは、「ヒアリング」でした。
民泊を知ったきっかけがご紹介いただいた民泊の運営事業者さんからでしたので、
その方を中心に何人かの民泊運営されている方にアポをとり、実際に何か困ってることがないかを聞いてまわりました。その結果、短時間で多くの部屋の清掃をしなくてはならないが、上手くオペレーションが回らないという問題を知ったのです。
- やりだした時の最初のアクション
まずは自分自身で民泊物件のチェックアウト後の部屋を自分が清掃してみる事から始めました。で、やってみてわかった事は、一般的な掃除をしたことがある人であれば1時間30分もあれば清掃を終えられるということです。
正直、掃除って面倒だったり大変だったりはしますが、できないわけではありません。むしろ、少し学べば誰でもできる。
つまり誰でも習得しやすい「スキル」であるため、対応できる人が多い。
だから、採用、教育、オペレーションを仕組み化しやすいだろうと考えました。
ちょうどこのタイミングで、本業の賃貸仲介の方で主婦の方に内見の立ち合いを行ってもらっており、協力してくれている主婦の方により多くのお仕事を依頼したいと考えていたため、次のステップとしては不動産仲介の主婦メンバーに清掃に入ってみてもらい、清掃をやりやすくする方法やサービスとしての改善案を集めました。
事業を大きくしていく時にどんな苦労をしましたか
苦労をしたことは、大きく3つありました。
それは
1.人の苦労
2.仕組み化の苦労
3.お金の苦労
です。
1.人の苦労
人の苦労と言っても色々ありますが、一番は鶏と卵の問題で一度に大量の清掃発注が来ると人が足りなくなるが、注文が減ると人があぶれてしまい、仕事が行き渡らなくなる。
仕事が行き渡らない状況が続くと、稼げないので一部の人は辞めていきます。
そうなると、また発注が一度に来た時に対応できなくなります。
最終的にはビジネスモデルを変える事で対応しました。というのも、1年半くらい続けているとこのシーズンは清掃の数が増えて、逆にこのシーズンは清掃数が減る、というサイクルが見えてきたのです。
そこで、少し単価は上がりますがアルバイトを業務委託に切り替えました。
そうすることで普段は他社のお仕事もしていただきながら、必要な時にお願いができるようにしました。
2.仕組み化の苦労
仕組み化の中でも、
・清掃場所に適切な人間をタイムリーに配備する仕組み
・清掃のクオリティを担保する為のチェックの仕組み
が特に大きな苦労でした。
民泊の清掃は多くの場合チェックアウトした10:00から次のチェックインの15:00までの5時間の間に行わなくてはなりません。
そのため、清掃可能な人間にチェックアウト後すぐに対応してもらう必要があります。そこで弊社ではLINEを使って、立候補形式で仕事を配分できるようにしました。
当時はまだありませんでしたが、UberEatsのデリバリースタッフと同じ仕組みです。
民泊の清掃が発生したら、案件情報をまとめて、LINEにて一斉に清掃の業務委託メンバーに連絡を入れます。そこで手の挙がるのが速い方にお仕事をお願いする形にしました。
こうすることで、熱意があり、かつ自分でこの時間なら働けそうだという人をタイムリーに準備することができるようになりました。
また、清掃のクオリティは非常に重要で、次の方に気持ちよく利用していただくというのはその民泊事業者の物件の満足度にダイレクトに跳ね返ってきます。
そのため、清掃終了後に清掃後の写真を撮影してもらい、LINEで報告してもらうフローを作りました。清掃の多い時間には最大3人の内勤スタッフが待機し、LINEで届いた清掃写真を確認し、合格かやり直しかを判別していました。
このようにチェックを挟むことにより、高いクオリティを担保することに成功しましたが、ここに行きつくまでは大変な苦労でした。
3.お金の苦労
シンプルに「もっと安くしてほしい」という声が多かったです。
これは非常に難易度が高かったです。
民泊の事業者さんは誤解を恐れずに言えばハイクオリティ、ローコストを求めていました。
これは民泊ならではの課題があったからなのです。
通常、ホテルの宿泊の場合は清掃費も宿泊費の中に含まれています。
私たちがホテルに宿泊する際、「別途清掃代金〇〇円頂戴します」と言われたことはないはずです。
しかし民泊の場合は、集客用のポータルサイト(主にAirBnB)に宿泊費と別に「清掃費用」が表記されるのが一般的です。この清掃費を高く設定すると物件の宿泊予約につながりにくくなるのです。そのため、民泊の事業者は清掃に多くの費用をかけにくい(正確には表記しにくい)状況でした。
私たちもそれはやりにくいだろうなと思い、オペレーションの努力によって価格を抑えていました。
結果、ビジネスとしては薄利多売という形に落ち着きました。
その後、この事業はどうなりましたか?
薄利多売ではありましたが、多くの民泊業者様にご支持いただき、1日およそ60件の清掃を同時に行っていました。
結果として清掃件数で民泊関連なら2位となり、会社の売上の柱にとなる事業にわずか3年で成長しました。
事業を売却されたのはなぜですか?
一番の理由は民泊新法ができるというのを知ったからです。
民泊が市民権を得たからこそルールができる、ということでそれ自体は喜ばしいことだと思いますが、ルールが出来れば今後同じようにビジネスができなくなるリスクがあったわけです。
また、そもそもの狙いであった管理物件の獲得には結果として大きな貢献はなく、「清掃事業単体で伸びていただけ」でした。そう考えると「清掃事業」としてはよくとも、会社としては、本来の目的が達成できず、法改正によりリスクが高くなると考え、売却に踏み切りました。
幸い、私たちの事業は「清掃業」というところでホテルの清掃会社の新規事業やそれこそ同業の会社で買いたい方も多く、売却先の相手候補を探すのにはそれほど苦労しませんでした。そこで最終的には買い手企業が見つかりました。
買い手との交渉のポイントは?
一番のポイントはやはり金額ですね。
毎月安定して売上の上がっている事業だったので、果たしてオファーを受けた金額で売っていいものかどうかは悩みました。とはいえ、自社の今後を考えた時には方針やリスクを加味すると売るべきでしたので、オファーいただいた金額で売却をしました。
ちなみに最終的にはこの事業を開始してから20,000回以上の清掃を行いました。
新規事業をやって学びや気付きはありましたか?
私たちは少人数で完全紹介制の不動産会社を経営してきました。ところが今回の新規事業は人がたくさん関わる事業だったのです。この「人がたくさん関わる事業」を経営していくというのはすごく難易度が高いことだなと思いました。意思の疎通、チームビルディングに苦労しました。
一方で、ものすごい社会貢献をしているなという感覚もありました。仕事を創っている、それが働く人の役に立っている、生活を創っているという感覚です。この感覚がなければ私の性格上、頑張れなかったかもしれません。
また、自社の事業に関連する事業から取り組んだ方が成長させやすいと感じました。
まったく関連性のない事業を始めるのも、需要があればもちろん良いと思います。
しかし私は、不動産流通・管理の業界で育ったので、今後も不動産流通・管理の領域を軸に事業を考えていきたいと思います。
これから新規事業をする不動産会社に一言
持論ですが、新規事業やる方がいいか、やらないほうがいいか、というよりも
「お客さんが何を求めているのか」を常に考えていてやっていたら新規事業になっていたっていう順番が正しいと思います。
新規事業をやる事が目的になってしまうのは本末転倒だな、と。
とはいえ、新規事業のチャンスはそこら中に転がっています。
私が再び「不動産」を軸に新規事業を考えるのであれば、ヒントは「スマートフォン」だと思います。
この手にすっぽり収まるスマホを介して何かサービスができないか、困ったことを解決できるものはないかを必死で考えます。
ぜひチャレンジしてみてください。
プロフィール
Work Full House(アド.プランニング株式会社)
代表取締役 丸山 登(マルヤマノボル)
日本大学法学部卒業後、東証一部上場建設会社に就職、賃貸仲介営業全般を経験、支店最年少でマネジメント職に昇格。
平成22年に不動産業界の課題解決を行うべく、起業。
アド.プランニング株式会社を設立、代表取締役に就任。その後、実際により多くの課題を拾う為、宅地建物取引業を行う。
Work Full House部門を設立。その中の新規事業として民泊の清掃業を立ち上げ、事業譲渡。
事業譲渡までに20,000回以上の清掃を行う。
現在は不動産取引の新たな慣習(シキタリ)を提供すべく、株式会社SHIKITARIを設立、代表取締役に就任。
SHIKITARI(シキタリ)と、TATEKAE(タテカエ)というサービスを世に広めるべく、挑戦中。